「万歳三唱」はいらぬ! 小学校から感情表現の許可を外に求めるようになるよ

OMIYA!

こんにちは! ヨス(@yossense)です。

今回はわたしの嫌いな日本の風習である「バンザイ」についてです。

あれ、小学校から繰り返しやらせることで、自分の感情表現の許可を他人に求めるようになるんですよ。

学校の授業中では感情表現はNG?

以前、小学校のなわとび大会を見学に行ったときにこんなことがありました。

なわとび大会の途中で体育会系の先生が怒り出したんですね。何が?と思ったら、数名の子どもたちがふざけていたんだそうです。

ふざけていたとは言っても、わたし的には「楽しそうでいい雰囲気だな」と思っていたぐらいですが。

その先生はこんなことをマイクを持って言いました。

いいですか皆さん。これは遊びではありません。授業です。

……と。これを聞いて、なんかモヤモヤしました。

だって、授業中(特に体育)でも楽しいという感情があれば少々騒いでもいいでしょ。これって感情の抑制教育ですか?

大会で勝っても喜びが?

そこらへんから、なんかピリピリした空気が流れていました。

このなわとび大会では、最後に、子どもの跳んだ回数の合計をクラスごとに競うことになっていました。

なのですが、勝ったチームが発表になっても、子どもたちがあんまり喜んでいなかったんですよ。

いや、厳密には嬉しそうなんですけど、「やったー!」「イエーイっ!」って騒がないんです。

今って喜んで良いのかな?

なんというか、「今、喜んでもいいのかな?」という許可がおりているかを先生の顔色を見ながら伺っているようにみえました。

学校で感情の抑制教育を行ってはいけない

授業中とは言っても体育の時間ですからね。多少の私語は良いでしょう。

ふと思い出しましたが、わたしが中学生のとき、体育の時間中に口笛を吹いた子がいました。

それを聞いた体育会系の先生が「誰や今口笛吹いたやつは?!」とブチ切れして、その子の顔に思いっきり平手打ちをしました。力が強い先生なので吹っ飛んでいましたよ。

いやー、当時はヤバイ教育だったなぁ……。

口笛を吹くのも楽しいからですよね? ゴキゲンだったからなんですよね。

それで、ちょっと口笛を吹くぐらい、どう考えてもオッケーでしょう(笑)。

わたしが体育の時間が楽しくなかったのって、こういう体育会系教師の感情抑制にありました。

いつ喜べばいいの?→「その感情が起こったときだろ!!」

これって恐ろしいことです。

楽しかったら口笛ぐらい吹いてもいいし、勝利して嬉しかったら思いっきり騒いだら良いんですよ。

もちろん、わたしが見学した日は、たまたま先生が「騒いでいた子をしかった」という状況があったからかもしれません。

でも、そうじゃなくても日本には「喜ぶ場」というのを一斉に求める風習がありますよね?

そうです。「万歳三唱」です。

万歳三唱は必要なのか?

万歳三唱ってやばくないですか? 感情を表明するときが決めらるんですから。

万歳というのは、その場の全員が一斉にそろって喜びを表現するものです。

「一斉に喜ぶ時間」として「万歳」があるとすれば、それ以外のときは「喜んではいけない時間」になります。

「万歳」なんてやっていたら、「今って喜んで良いのかな??」って思うようになっても不思議じゃないですね。

もっと言うと、「そこまで喜びたくない人」も仕方なく喜ばなければならないんですね。感情が操られます。

セミナーなどで「拍手するとき」をさぐるとか

ほら、セミナーとか講演で講師が話したことに関して、「笑っていいのかな?」とか「拍手してもいいのかな?」って探りますよね?

もうね……

笑いたければ笑えばいい。
拍手したければ拍手したらいい。

なんでそんな感情表現の決定権を外に求めるんですか?
(もちろんおもしろいと思っても笑うべきではないときもあります。それは別問題です)

「万歳」の風習は「飼いならされた犬」としての人生の始まりですね。

えてして日本人は感情表現に乏しいと言われますが、小さいころからの「今が感情を表現する場かどうか」を探らせる訓練が元でしょうね。間違いない。

日本人が感情豊かなことは、これを読んでいる誰もが知っているハズです。あなたも感情豊かですよね?

ぜひとも自分の感情表現の許可は自分で決めるようにしましょう!