2013年10月30日

「お茶くみ=女性」「会長=男性」は構図的に見ると同義なお話

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こんにちは。ヨス(@yossense)です。

子どもを持つようになると、保育園、幼稚園、小学校のPTA、こども会などいろんな団体に絡むようになります。そうなると、私のように「行事への参加率の高い父親」「会社勤めしていない(時間的束縛がゆるい)父親」は、余りにも社会不適応じゃない限り、こういう話が来ます。それが「会長をやってくれませんか?」といった類の話です。

ということで今回は、「会長」と「お茶くみ」のお話です。字面だけ見ると、なんのこっちゃですがw。

会長とお茶くみは構図的に見ると同義

しょっぱなから話がぶっ飛びますが、日本にはまだまだ性別による差別が根強いです。例えばお茶くみ。

私が今まで働いた会社でも「お茶くみ」は女性の仕事でした。私がものを言える立場になってからそれはやめるようにしましたが、とにかくお茶くみと言えば女性の仕事なんだそうです。しかも私が属した会社はどれも女性が半分かそれ以上いる会社だったにも関わらず。

よく見ていると、長くいる女性社員が新しく入った女性社員にやらせているような感じでした。そう。まるで「昔、私がやってたんだから、同じことをやりやがれ!」と言わんばかりに。

お茶くみ=女性の仕事?

たぶん新しく入った若い女性社員で「お茶くみ=女性の仕事」と思っている率は減っていると思っています。でも古くから在籍している女性社員たちが、それを当然のように強制させるんですねー。つまり、長く続いてきた負の歴史を再生産させているんですね。

私の方が下っ端では?

それはたとえ、私の方が入社して間もないときでも、ちょっと前に入った先輩女性社員がお茶くみをするんです。彼女と私の差は性別という一点だけ。たったそれだけなんです。

「オレのお茶くみ力を知らねぇのか!?」という程の腕前があれば自分から名乗りを上げることができますが、むしろ下手ですからねw。かといって、別にその先輩社員がお茶くみ歴ン十年で腕前がスゴイとかそういうことではありません。だから問題なんです。

会長=男性の仕事?

やっと話が戻ります。今度は「会長」という役割。これは日本では男性の仕事だと思われているフシが強いです。

ちなみに私は幼稚園のPTA副会長をやっていますが、一度会長代理として、市のPTA総会に出席しました。正確な数は忘れましたが、70名ぐらいの会長の中で、女性会長はたった7名だったと思います。10分の1なんて、ありえないですね。

そもそもなぜ男性が?

なぜ代表は男性なんでしょうか? 男尊女卑が非常に強い時代ならまだしも、近代でもまったく変わらないのは、なぜでしょう?

私が思うに、学級委員を始め、小学校レベルでの代表からすでに男性がそういう役回りをやっていたことが影響しているのではないかと思うのです。そして女性は「副委員」のサブ的役回りです。

こういう環境で育つと、自然と男性が主で、女性は補助という感覚が身についていきます。

隠れたカリキュラム

学校で積極的に教わらないけど、学校環境の中で自然に学ぶものを「The Hidden Curriculum」と呼びます。和訳で「隠れたカリキュラム」ですね。

隠れたカリキュラムとは、学校のフォーマルなカリキュラムの中にはない、知識、行動の様式や性向、意識やメンタリティが、意図しないままに教師や仲間の生徒たちから、教えられていくといったものをいう。

隠れたカリキュラム - Wikipediaより引用しました。

今は違いますが、昔は出席番号が男児が先で、女児があとでした。これも隠れたカリキュラムです。宣誓などで、「ぼくたち、わたしたちは……」という風に「ぼくたち」が先に来るのも同じです(これは依然として続いています)。これによって、「男性優位な社会がスタンダードだ」と子どもたちは無意識に学びます。

性差別ではないですが、先生が生徒の名字を呼び捨てで呼び、生徒の親の前では「さん」づけで呼ぶ。これも隠れたカリキュラムですね。こんな感じで言い出したらキリがありません。

それは本当に女性(男性)じゃないとダメか?

残念ながら私に「会長をやってもらえないか?」という話がよく来るのは、私のマネージメント能力や統率力、コミュニケーション能力を買ってくれているわではないんですよね~。残念w!

だって私レベルの人は女性にもたくさんいます。ただ「学校行事の参加率が高いお父さん」だからです。私がお母さんだったら、こんなこと頼まれていないでしょう。つまり能力よりも性別を優先しているわけなんですね~。

それはホントに男性の方が向いているのか

人の前に立って、責任感を持って、代表になるのは男性の特性でしょうか?

「デンプンにヨウ素液をかけると青紫色になる」と言うように必ずそうなることを特性と呼びます。

なので、すべての男性にそういう特徴があれば、それは特性と言えるし、男性がそういう役回りをすべきだと思いますが、全くそうじゃないです。人前に立つのが嫌いな男性はゴマンといます。そんな当たり前のこと、実はみんな知っているハズですよね。

何が言いたいかというと

結局何が言いたいかといいますと、本当にその役にピッタリな人がやればいいんですよ。

会長が向いている女性(男性でもOK)、お茶くみが向いている男性(女性でもOK)が。お茶くみが女性にしか出来ない仕事ではありませんし、女性が向いているとも思えません。それだったら、ウェイトレスのランチの出し方とか態度に文句言う人なんていませんしw。

まず性別有りきで仕事を決めるのは能率が悪いということです。

お茶くみを女性だけに強制することは、今では多少は「女性差別」だという認識もあると思います。でも「会長」の問題は浮上しにくいと思っています。と言うのも、こういう役回りはステータス的に良いとされているものだから「差別」とは映りにくいからです。でも男性がやらなければならない恣意的な理由は存在しないことから、これも立派な性差別だと認定できると思います。

でもこれは思っているよりも深い問題だと思います。それは、日本の政治家の数の少なさにも現れているからです。人口の半分を占める女性の政治家が、世界的に見ても少なすぎるんです。なので、男性にとって都合の良い法律が多かったり、女性の置かれている状況を無視した政策などを繰り返しているんだと安易に予想できます。

さて、私は人前に立って、あーだこーだと指示をするのは苦手です。これまで経験として仕事でもそういうのをやっていました。なので、慣れはありますが、もっと向いている人はいっぱいいます。それよりもこうやってブログ書いたり、絵を書いたり、デザインしたりする方が何倍も人の役に立つ自信があります。

これまで伝統や歴史として続いてきているものは、ほとんどが続いているから続けているにすぎないんです。時代とともに、もう一度考えて、能動的にどんどん変えていくべきだと思います。

特に女性、男性という風に性別の堺を境界線に捉えるのは、分かりやすいです。でも、その境界線は本当に正しいのかといえば、ほとんどのことに関して、正しくありません。私は腕力があんまりないので、力仕事だから……と呼ばれても、役に立たないんですからw。私より腕力の強い女性は星の数ほどいますからね~。

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