2015年7月7日

ポリティカル・コレクトネスとは?「言葉狩り」は絶対必要だろ!

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こんにちは! ヨス(@yossense)です。

今回はちょっと聞き慣れないカタカナ語「ポリティカル・コレクトネス(political correctness)」という言葉について紹介します。

言葉狩り?

『嫁』って言葉はあかんやろ!」とか「夫を『主人』って呼ぶのはやばい」という意見に対して「言葉狩り」という意見があります。

でも私は言葉狩りは必要だと思います。ただ、狩るだけは困りますが。会議でもそうですが、提示例がなく批判だけする意見なんてゴミ以外何ものでもありませんからね。

そもそも「言葉狩り」って……単語自体の聞こえが悪すぎますよね。「魔女狩り」とか「おやじ狩り」を連想するめっちゃネガティブな雰囲気です。

言葉は進化するもの

まず「言葉」ってものの特性から入りますが、言葉って昔から使われてきただけのものですよねー?

言語についての専門家には「言葉は進化するもの」という意見があります。若者の言葉を聞いて「日本語の乱れ」なんて言うのをよく聞きますが、あれは進化なんだ!という解釈です。

よく批判される若者言葉でも、消えるものもあれば、100年後の辞書に普通に記載されるものもあるハズです。

淘汰されるべき言葉は確かに存在する

つまり、今私達が使っている「現代の日本語」は最終形態ではまったくないんです。未来の日本語へ続く単なる途中段階です。

なので、言葉は時代に合ってなければ当然淘汰されるべきであって、新しい「ふさわしき言葉」にとって置き換わるべきなんですね。

言葉は「守るために存在する」のではなく、「使うために存在する」ものですから。

ポリティカル・コレクトネスってご存じですか?

日本で発生した言葉じゃないのですが、「ポリティカル・コレクトネス」というカタカナ語があります。

1980年代に多民族国家アメリカ合衆国で始まった、「用語における差別・偏見を取り除くために、政治的な観点から見て正しい用語を使う」という意味で使われる言い回しである。「偏った用語を追放し、中立的な表現を使用しよう」という運動だけでなく、差別是正に関する活動全体を指すこともある。

ポリティカル・コレクトネス - Wikipediaより引用しました。

わかりやすい日本語に直すと「社会的に正しい言葉の置き換え」でしょうか。

ポリティカル・コレクトネスの例

では具体的に英語でのポリティカル・コレクトネスの例を見てみます。

英語でのポリティカル・コレクトネスの例
fireman(消防士) 「fire fighter」へ変更
policeman(警察官) 「police officer」へ変更
businessman 「businessperson」へ変更

一応説明しておくと「man」っていう単語は「男」という意味です。

なので、「fireman(消防士)」だと、消防士は男性しかいない → 男性しかやってはいけない……のようになり、消防士を目指したい女性や、すでに消防士になっている女性を排除しているという考えから、「man(男)」から「person(人)」という偏りのない中立な単語に置き換えたりしているわけです。

実は日本にも例があるんですよ。

日本語でのポリティカル・コレクトネスの例
保母 「保育士」へ変更
看護婦 「看護師」へ変更
助産婦 「助産師」へ変更

保育所で働く先生の正式名称が「保母」という名前でしたが、男性側の不満から性別を問わない「保育士」という名称に1999年に変更になりました。「看護師」なども同じ理由です。

英語と日本語のポリティカル・コレクトネスを比較して

上で見た英語と日本語のポリティカル・コレクトネスを比較して何かおもしろいことに気づきませんでした?

やっていることは同じなんですよ。でも英語では女性の門戸を開くために、日本語では男性の門戸を開くために変更している感じです。

日本では男性の方を優遇しまくっているのがここにも現れていますね。「結婚したカップルは妻でも夫でもどちらの姓を名乗っても良い」って法律にあっても96%のカップルが女性側が改姓している国ですからね。

結論として状況によっては「言葉狩り」は必須

ポリティカル・コレクトネスの例で、こんなものもあります。

今ではほぼ聞くことがなくなった「痴呆症」という言葉。10年以上前の2004年に「認知症」という言葉に直されました。今では完全に浸透しきっているのではないでしょうか? 私も「認知症」って言葉が置き換えられたということすら忘れていました。

この病気になっている方が、昔から呼ばれている病名で呼ばれることで、偏見のような不利益を被っていたからだと思われますが、この変換は妥当だろうなと。

というわけで、片方の性別だけ有利になるような言葉は男女平等に進んでいくのなら、絶対に淘汰されていくべきだと私は考えています。

さて、言葉の置き換えは必要と書きましたが、言葉に差別感がなくなればオールオッケーでは全くありません。差別的要素のある言葉を淘汰することはあくまでスタート地点なのかなと。

「痴呆症」という言葉が聞かれなくなってから、実際に完全に差別がなくなったとは思えませんが、少し違う気がしませんか? 言葉が変わると、印象が代わり、考えまで変えるってことです。

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