2015年11月7日

「どちらの姓を名乗るかは夫婦の選択にゆだねているから問題ない」とか言うけれど…

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こんにちは! ヨス(@yossense)です。

2015年11月4日に最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)が「夫婦別姓を認めない民法の規定が憲法に違反するかどうかが争われた裁判」の当事者双方の意見を聞く弁論を開きました。ということで今回は夫婦別姓に対する国の意見に対してです。

夫婦の選択にゆだねている……だと?!

最高裁で国会側が言ってたのはこういうのです。

「どちらの姓を名乗るかは夫婦の選択に委ねているので違憲でもない」として、国会の対応は問題ないと主張した。

夫婦別姓認めぬ規定、最高裁で弁論 年内にも初判断  :日本経済新聞より引用しました。

確かにこの字面だけを見ると「そうだね」と納得させられそうなんですけど、そうじゃないんですよ。

「民法の規定は夫婦どちらかの名字を選ぶというもので、差別ではない」と言っていますが、そもそも多くの国民が「男性が名字を変えても良い」ということを知らなさすぎるんですよ。

だから男性側が名字を変えているのを目の当たりにすると「養子ですか?」という意味不明のワードを出してくるんです。「養子」というトリッキーな制度を使わないと男性が名字を変えてはいけないと思っているんです。

この時点で平等じゃないですね。「夫婦のどちらが名字を変更してもいい」と法律が変わったときに告知が全然できていないんですよ。

女性が夫に名字を変えてもらいたくても

女性側が夫に名字を変えてもらいたくてもなかなか言い出せないという問題もあります。

現在の日本国内において、夫が名字を変更する事例はどう考えてもマイノリティなんです。結婚している夫婦で、実に96%が「妻が名字を変えている」という中で夫が名字を変更するというのはなかなかできません。

こんな状況ってほとんど「結婚したら女の方が名字を変えろよ! わかってんだろうな?!」という威圧にも感じられますね。それほどの圧倒的な差ですから。

夫が「変えてもいいよ」と言っても、その親が「男が名字を変えるなんてかっこ悪い! それなら結婚を認めない!」と言って、結婚という「人質」を使って阻止するという話も聞いたことがあります。

日本ってマイノリティになることを極端に嫌う人が多いですからね。

制度上の平等より現実の平等やろ?

日本がアホなのは、「制度上は平等」の一点張りなところです。

制度と現実がどっちが大事かと言われれば現実でしょ? 子どもたちは小さいころから周りの大人たちを見て育つんです。つまりほとんどの場合、どこもかしこも母親の方が名字を変えている現実を見て育つんですよ。

そんな環境の中で大きくなった子どもが、いざ結婚するときにどうしますか? そりゃ、何も考えずに妻側が名字を変えるのは自然なことですよ。

そんな現実を完全無視して「名字の選択は夫婦にゆだねてるから平等だ!」とか戯言もええ加減にしろ!です。

女性蔑視に繋がってるんですよ

たぶん普通に過ごしてたら気づきにくいのですが、これって名字だけにとどまった問題じゃないんですね。

詳しくは下記記事を見てほしいのですが、名字を変えることがどう考えても女性蔑視に、女性差別に繋がっているから問題なんです。

男女平等な世の中にするために今のように女性ばかりが名字を変えさせられているという状況はマズすぎるんです。

日本って女性差別撤廃条約に批准してますよね? 差別を撤廃する気あんの?

まぁ、ぶっちゃけですが、名字を変える比率が男女で完全に半分半分になるのなら、今の制度でも問題ないです。

そうなると男性側やその親の理解もあるはずだし、女性側の名字を選ぶカップルも自然のはずですからね。子どもにも男性が社会の主軸という歪んだメッセージも伝えません。

ただ男性側も女性側も名字を変えたくない、変えられない理由がある……という事例って普通にあるんですよ。つまり、結局は夫婦別姓も選べる世の中じゃないと困るんです。

まともな判決を望むばかりです。2015年12月16日追記: 非常に残念な判決になりました。詳しくは下記記事にて。

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